生物多様性は私たちが向き合っていくべき大切なテーマです。今後事業活動を通じて、具体的に何をするべきかを深く考えていくために、2024年3月に公益財団法人 地球環境戦略研究機関 国際生態学センター 主幹研究員である目黒伸一氏をお招きし、生産部門ならびにサステナビリティ部門のシニアマネジメント層と自然資本・生物多様性の保全についての対話を行いました。

<参加者>
  • 目黒 伸一公益財団法人 地球環境戦略研究機関 国際生態学センター 主幹研究員 博士(工学)
  • 因間 寛哲生産本部長
  • 種本 厚志生産本部 滋賀工場長
  • 西村 智生産本部 生産戦略部 マネージャー (ISO14001責任者)
  • 森田 貴宏執行役員 基本理念 & サステナビリティ グローバルヘッド
  • 板垣 香里サステナビリティ ヘッド (司会)

*役職名はダイアログ実施時点のもの

 

Santenにとって重要な水資源と森林のかかわり

(司会)
新しく制定したサステナビリティ・コミットメントにおいて、点眼薬メーカーとして「水」は特に重要な自然資本と明言しています。水資源の保全に向けて、生物多様性の視点から、我々にとって大切なのはどのようなことしょうか?

西村:滋賀プロダクトサプライセンターにとって、水源である琵琶湖はとても大切な湖です。工場での環境負荷低減など環境変化を防ぐ多様な取り組みを行っていますが、これは琵琶湖の希少生物の保護にも寄与していると考えています。

森田:琵琶湖の存在はとても重要です。能登工場では井戸水を使用していますね。他の製造業と比べて水使用への制約や影響は大きくないものの、我々にとって水は最も重要な自然資本の一つです。課題感などについてはいかがでしょうか?

因間:我々が課題として意識しているのは、製品そのものの、つまり原料としての水以外に、何十倍の量の水を使っていることです。製造工程において冷却用や洗浄用という用途が多くを占めていますので、これまでもその工程で使う水の有効活用を中心に取り組んできました。一方で過去に能登工場においては、一時的に井戸水が枯れるようなことがありました。雨が降らなければ、琵琶湖でも止水になることがあります。ですので、水域の保持と森林の関わりについて伺いたいと思います。

目黒:はい、これほど降水量に恵まれた日本においても、森林の機能が落ちることで、大きな水害が具現化している例はたくさんあります。水が枯れることもあれば、反対に大水害につながることもあります。2018年の台風21号による関西空港の浸水や2019年の台風19号による新幹線車両の浸水などを見ても、被害が以前よりも大きくなってきています。日本人は恵まれた環境のもと、当たり前のように水が得られるものと思っている中で、参天製薬が水に対する感謝や社業から課題を探っていこうとすることはとても重要ですね。

生物多様性とは数ではなく質

(司会)
国内製造拠点の周辺地域において、生物多様性というテーマで考えると、どのような課題があると思われますか?

種本:滋賀プロダクトサプライセンターがある地域は人間が山を切り開いて工業団地にしたものです。これが環境にどのくらい負荷を与えているのか、通勤途中に考えることがあります。鹿や猪が道路を横切って、車に衝突することも多々あり、彼らの生態系に大きな影響を与えていることを思い知らされます。地球上の生物や植物の長い歴史においては、何かが絶滅して何かが生まれることを繰り返してきていると思うのですが、この50年くらいの変化についてはいかがでしょうか?

目黒:
とても大切なご指摘だと思います。野生動物で言うと、オオカミを根絶やしにしたことで肉食動物がいなくなり、温暖化も背景に越冬できる鹿が増えているけれど、食べるものがなくやせ細っています。杉はまわりにたくさんありますが、動物が食べるような実もつけず、土も悪くして何も生まないため、生き物はその生息場所を失って、仕方なく外に出て行ったところで車にひかれるという状況ですね。
地球温暖化という話の前に、日本においてももともとある「厳密な意味での自然」は0.1%程度なのです。ではアフリカに行けば「もともとの自然」があるかと思うかもしれませんが、実際はほとんどなくて、人間がすでに介入していることが大体見てわかります。それぐらい人間のインパクトは大きく、しかもこの50年は加速しています。昔はここに住んではいけない、としていた場所を開発して人を住まわせるなど、責任は持たなくてお金になれば良いといったやり方がなされているのが残念です。昔は自然に対する畏れの意識がもっとあったのに、現代は自然に触れる機会がなくなり距離感が遠のいているのでしょう。
また、我々が言う生物多様性とは、単に生物の種類の数のことではありません。生物それぞれがもつ多様な特性の相互作用によって生態系のバランスが十分にとれている状態、つまり生態系の質のことです。健全な生態系を維持するために、生物は、本来その土地にあるものが一番だと考えています。もともとその土地にある材料や地形などのポテンシャルを活かして生物を保全するものであり、実はその方が管理や費用の負担も小さくて、企業が何等かの取り組みをする場合にも長続きするはずです。

因間:滋賀プロダクトサプライセンターの近くに豪雪地帯で有名な伊吹山があります。そこでは古来より薬草が採取されていて、織田信長の時代にはポルトガル人により薬草園が作られたとも言われ、現在に受け継がれています。その薬草が温暖化等で生き残れなくなってきたという話も聞きます。また能登工場の近くには車で海岸線を走れることで有名な「千里浜なぎさドライブウェイ」がありますが、海岸が年を追うごとにどんどん浸食されていて、これが地域でも課題になっています。

種本:海岸が狭まっている原因がよく分かっていないのが問題ですね。よく、極地の氷が解けて海面が上がっているとも言われていますし、石川県で造っているダムの影響なども含め、いろいろな説を聞きますが、原因を理解しないと解決策もわからないという状況です。

目黒:そのようなことは日本全国で問題となっていますね。浜がどんどん無くなっているだけでなく、近海の魚だとか海藻がいなくなっているなども含めて。私の地元の葉山でも、一緒に対策を考えてほしいと言われています。原因が明確でなくても、人間の影響は間違いないでしょう。砂は川から供給されるものですが、ダムなどで流れなくなったなど、川の流れによって年に何回か起きる氾濫で、そこに適応してきた植物がどんどんいなくなってきたなどの現象もあります。浜の問題はとても大きいですね。「海藻を植えれば」と言っても、漁業権の問題があるから駄目だと言われて入らせてもらえない、海藻を植えてみても直ぐになくなってしまうなど。これでは魚もいなくなります。生態系ピラミッドというのは、一番下の植物や海藻などが、この一つ上のものより10倍はいなければならないのに、ベースのところを人間が全部壊しているわけです。自分の足元の自然を失うことは、要は自分の足を食べているようなもの。日本は自然の再生力が高く、土を見ても世界的にこんなに良いところはないけれど、それでも近年取り返しがつかなくなってきていると感じています。時間がかかるかもしれないですが、まずは自分の地元といった足元のところをしっかりとやるべきです。でなければ、自然破壊が原因の災害が多くなり、人命が危機にさらせる状況ももっと増えていくでしょう。

まずは自然に触れることから

(司会)
「人命を守らなければいけない状況が増える」というお話がありましたが、リスクマネジメントの観点からも、周りを取り巻く自然環境の保全に取り組むことは重要です。どんなところからスタートするべきでしょうか?

因間:山や木に囲まれた職場で仕事をしていることを踏まえ、何か一歩踏み出すには、森の再生とかになるのでしょうが、何が問題でどこに目を向ければ良いのか、皆が悩んでいるところです。

目黒:自分たちが、環境に対してどれだけのことをしてきたのか少し認識して、他人ごとにしないことではないでしょうか。まずは、意識的に自然と触れ合う時間を作るため、ほんの5分でも良いので森の中に入って良い土を触ってみませんか。植林のイベントなどもよいでしょう。ちょっとした苗木でも、自分たちの子どもや地域の小学生などと一緒に植えるとよいと思います。ただし、その土地にもともとあった種類のものを、元の姿を取り戻すために適切な組み合わせで植えることが大切です。そうした一つ一つの身近な体験をすることから、嘘のない自分たちの結論を出していくのが良いのではないでしょうか。自然災害や温暖化など、今、私たちが直面している事象を考えると、最終的には命を守るための自然ですから。

森田:様々かつ大きなヒントを頂きました。本日の対話からの学びや気付きを今後の活動に活かしてまいります。